サブスクリプションビジネスで毎月どれだけの収益が見込めるのか、正確に把握できていますか?MRR(月次経常収益)こそ、ビジネスの健全性を測る最重要指標です。
多くのサブスクリプションビジネスの経営者が、総売上だけを見て「今月は好調だ」と判断してしまい、実際には顧客の解約が増えていることや、既存顧客からの収益が減少していることに気づかないケースが後を絶ちません。一時的な収益だけを追いかけると、ビジネスの持続可能性を見誤り、成長の機会を逃してしまいます。
この記事では、SaaS・サブスクリプションビジネスにおける最重要指標であるMRRの基本概念から実践的な活用方法まで、わかりやすく解説します。New MRR、Expansion MRR、Contraction MRR、Churned MRRの4つの分類を理解し、MRR成長率を正確に把握することで、ビジネスの健全性を測定し、戦略的な意思決定ができるようになります。
この記事で学べること
- MRRの基本概念と計算方法、4つのMRR分類の違い
- Net MRR Growthの計算と成長率の正確な測定方法
- ARRとMRRの関係性と使い分けのポイント
- MRRを活用したビジネスの健全性評価と戦略立案
用語の定義
MRR(月次経常収益) (Monthly Recurring Revenue)
サブスクリプションビジネスで毎月継続的に得られる予測可能な収益のことで、ビジネスの健全性と成長率を測る最重要指標
MRRは、SaaS(Software as a Service)やサブスクリプション型ビジネスにおいて、毎月繰り返し得られる経常収益を表す指標です。一時的な売上や変動費を除き、月額課金によって予測可能な収益のみを計上します。MRRを正確に把握することで、ビジネスの成長率、顧客の増減、収益の安定性を客観的に評価できます。新規顧客からの収益(New MRR)、既存顧客のアップグレード(Expansion MRR)、ダウングレード(Contraction MRR)、解約(Churned MRR)の4つに分類して管理することが一般的で、これらの内訳を分析することで、ビジネスのどの部分が成長し、どこに課題があるかを明確に把握できます。
MRRは、家賃収入のようなものです。毎月決まった金額が入ってくるので、将来の収入を予測でき、事業計画が立てやすくなります。新しい入居者が増えたり(New MRR)、既存の入居者が広い部屋に引っ越したり(Expansion MRR)、退去したり(Churned MRR)する状況を正確に把握することで、不動産経営全体の健全性を測れるのと同じです。
MRRは、ARRを12で割った月次版の指標であり、両者は密接に関連しています。MRRは月次での細かい変化を追跡するのに適しており、ARRは年間の大きなトレンドを把握するのに適しています。MRRから派生する重要な指標として、Net MRR Growth(純MRR成長率)があり、これは新規顧客の獲得だけでなく、既存顧客からの収益拡大や解約による損失を総合的に評価します。また、Churn Rate(解約率)やNet Revenue Retention(NRR)もMRRと密接に関連しており、これらの指標を組み合わせることで、サブスクリプションビジネスの健全性を多角的に評価できます。LTVとCACの比率を計算する際もMRRのデータが基礎となるため、MRRはSaaSビジネスのあらゆる重要指標の土台となる中心的な指標と言えます。
MRRの実践的な活用方法
4つのMRR分類による成長分析
MRRをNew MRR、Expansion MRR、Contraction MRR、Churned MRRの4つに分類して管理することで、ビジネスのどの部分が成長し、どこに課題があるかを明確に把握できます。
- New MRR:新規顧客から得られた月次経常収益を計算する(例:新規10社 × 月額5万円 = 50万円)
- Expansion MRR:既存顧客のプラン変更による収益増加を計算する(例:5社がアップグレード、計15万円増)
- Contraction MRR:既存顧客のプラン変更による収益減少を計算する(例:3社がダウングレード、計8万円減)
- Churned MRR:解約により失われた月次経常収益を計算する(例:2社が解約、計10万円減)
- Net MRR Growth = New MRR + Expansion MRR - Contraction MRR - Churned MRRで純増を算出(例:50 + 15 - 8 - 10 = 47万円)
- 各分類の割合と推移を月次でトラッキングし、改善点を特定する
使用場面: 月次のビジネスレビューや投資家への報告で使用します。特に、成長が鈍化している時や、解約が増えている時に、4つの分類を詳細に分析することで、問題の根本原因を特定できます。
Net MRR Growth Rateによる成長率の測定
MRRの成長率を正確に測定することで、ビジネスの健全性と持続可能性を評価します。単なる新規顧客数ではなく、収益ベースの真の成長を把握できます。
- 前月末のMRRを基準値として記録する(例:前月末MRR = 500万円)
- 今月のNet MRR Growthを計算する(例:Net MRR Growth = 47万円)
- Net MRR Growth Rate = (Net MRR Growth ÷ 前月末MRR)× 100を計算(例:47 ÷ 500 × 100 = 9.4%)
- 月次でこの成長率をトラッキングし、トレンドを可視化する
- 業界ベンチマークと比較し、自社の位置づけを評価する(SaaS企業の平均月次成長率は5〜10%が目安)
- 成長率が低下している場合、4つのMRR分類を詳細に分析して原因を特定する
使用場面: 月次の経営会議や取締役会での報告、投資家とのコミュニケーションで使用します。特に資金調達を検討している場合、安定した高いMRR成長率は投資家へのアピールポイントになります。
Net Revenue Retention(NRR)の計算と改善
既存顧客からの収益がどれだけ維持・拡大されているかを測定するNRRは、MRRと密接に関連する重要指標です。NRRが100%を超えていれば、新規顧客を獲得しなくても成長できることを意味します。
- 前月初の既存顧客のMRRを基準値として設定する(新規顧客は除外)
- その既存顧客グループからのExpansion MRRを集計する
- 同じグループからのContraction MRRとChurned MRRを集計する
- NRR = (基準MRR + Expansion MRR - Contraction MRR - Churned MRR)÷ 基準MRR × 100を計算
- NRRが100%以上であれば、既存顧客からの収益が増加していることを意味する
- NRRが低い場合、アップセル・クロスセル戦略の強化、解約防止策の実施を検討する
使用場面: 四半期ごとの戦略レビューや、既存顧客への投資対効果を評価する際に使用します。特に、新規顧客獲得コストが高騰している市場では、既存顧客からの収益拡大(NRRの向上)が成長の鍵となります。
MRRベースの売上予測とキャッシュフロー管理
MRRの安定性を活かして、将来の売上とキャッシュフローを高精度で予測し、事業計画と資金計画を立てます。
- 過去6〜12ヶ月のMRRデータから平均的なChurn Rate、Expansion Rate、New MRR成長率を算出する
- 現在のMRRを基準に、これらの率を適用して3〜12ヶ月先のMRRを予測する
- 保守的なシナリオ(低成長・高解約)、標準シナリオ、楽観的なシナリオの3パターンを作成する
- 予測MRRに基づいて、四半期・年間の売上目標を設定する
- 予測されるキャッシュフローから、採用計画、マーケティング投資、設備投資の意思決定を行う
- 月次で実績と予測を比較し、ズレがあれば仮定を修正する
使用場面: 年次の事業計画策定、資金調達の際の事業計画書作成、四半期ごとの予算見直しで使用します。特に、人員増強やマーケティング投資など大きな支出を伴う意思決定をする際、MRRベースの予測は重要な判断材料となります。
MRRを活用する際の注意点
年次契約と月次契約の混在に注意する
年次契約の顧客と月次契約の顧客が混在している場合、MRRの計算方法を統一する必要があります。年次契約は一括で支払われても、MRRでは月次換算して計上します。
注意点
年次契約の一括払いをその月のMRRにまとめて計上すると、その月だけMRRが異常に高くなり、翌月以降のMRRが急落して見えます。これにより、ビジネスの成長トレンドが正確に把握できなくなります。
解決策
年次契約は12で割って月次換算し、毎月のMRRに均等に計上しましょう。例えば、年額60万円の契約は、月額5万円としてMRRに計上します。また、前払いされた金額は「繰延収益(Deferred Revenue)」として別途管理し、会計上の収益認識とMRR管理を分けて考えることが重要です。
虚栄のMRR成長に惑わされない
新規顧客の獲得だけに注目してMRRが成長していても、高い解約率やダウングレードが同時に起きている場合、持続可能な成長ではありません。Net MRR Growthを正確に把握することが重要です。
注意点
New MRRだけを見て「順調に成長している」と判断すると、裏で起きている顧客流出や収益減少に気づかず、ある日突然MRRが伸び悩むことになります。特に、大口顧客の解約は数字に大きな影響を与えます。
解決策
必ず4つのMRR分類(New、Expansion、Contraction、Churned)を個別にトラッキングしましょう。特にChurned MRRとContraction MRRが増加傾向にある場合は、製品の改善、カスタマーサクセスの強化、価格設定の見直しなど、早急な対策が必要です。また、顧客数だけでなく収益ベースでChurn Rateを計算し、Revenue Churnも監視することが重要です。
一時的な収益をMRRに含めない
セットアップ費用、コンサルティング料金、カスタマイズ費用など、一時的に発生する収益はMRRに含めません。MRRは「繰り返される予測可能な収益」のみを計上する指標です。
注意点
一時的な収益をMRRに含めると、その月だけMRRが高く見え、翌月以降に急落します。これにより、ビジネスの真の成長率が見えなくなり、誤った経営判断につながります。
解決策
MRRと一時的収益(Non-Recurring Revenue)を明確に分けて管理しましょう。一時的収益は別の指標として追跡し、総収益の内訳を可視化します。投資家や経営陣への報告では、MRRと一時的収益を分けて表示することで、ビジネスの安定性と成長性を正確に伝えられます。
割引やプロモーションの扱いを明確にする
初月無料キャンペーンや期間限定割引など、プロモーション価格でのMRR計上方法を統一しないと、データの一貫性が失われます。
注意点
割引期間中の低いMRRで計上し、通常価格に戻った時に急激なExpansion MRRとして計上すると、実際の成長とは異なるデータになります。逆に、通常価格でMRRを計上すると、実際の収益と乖離が生じます。
解決策
社内で明確なルールを設定しましょう。一般的には、実際に支払われる金額をMRRとして計上し、プロモーション終了後に通常価格に戻った場合はExpansion MRRとして計上します。ただし、初月無料の場合は、2ヶ月目から正式なMRRとしてカウントするなど、一貫したルールを設けることが重要です。また、プロモーションの影響を別途分析できるよう、通常価格との差額も記録しておくと良いでしょう。
MRR成長のための過度な割引を避ける
MRRを短期的に増やすために、過度な割引や不適切な条件で顧客を獲得すると、長期的な収益性が損なわれます。健全なユニットエコノミクスを維持することが重要です。
注意点
割引価格で獲得した顧客は、LTV(顧客生涯価値)が低く、CAC(顧客獲得コスト)とのバランスが悪化します。また、通常価格への値上げ時に解約が増え、結果的にMRRが減少する可能性があります。
解決策
LTV/CACレシオを常に監視し、健全な範囲(一般的には3:1以上)を維持しましょう。割引キャンペーンを実施する場合は、その顧客グループのリテンション率、アップグレード率、LTVを別途追跡し、通常価格の顧客と比較して評価します。短期的なMRR成長よりも、持続可能で収益性の高い成長を優先する意思決定が重要です。
MRR関連指標の比較
MRRを中心とした主要なサブスクリプション指標を理解することで、ビジネスの状態を多角的に評価できます。各指標の役割と使い分けを明確にしましょう。
| 指標 | 意味 | 計算方法 | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| MRR(月次経常収益) | 毎月得られる予測可能な経常収益 | 全顧客の月額料金の合計 | 月次の収益トレンドと成長率の把握 |
| ARR(年次経常収益) | 年間で得られる予測可能な経常収益 | MRR × 12(または全顧客の年額料金の合計) | 年間の大きなトレンドと投資家への報告 |
| Net MRR Growth | MRRの純増減額 | New MRR + Expansion MRR - Contraction MRR - Churned MRR | ビジネスの真の成長率の測定 |
| Net Revenue Retention(NRR) | 既存顧客からの収益維持率 | (前月MRR + Expansion - Contraction - Churn)÷ 前月MRR × 100 | 既存顧客からの成長性評価 |
| Churn Rate(解約率) | 顧客またはMRRの損失率 | 解約顧客数(またはChurned MRR)÷ 期初の総数(またはMRR)× 100 | 顧客維持の健全性評価 |
| ARPU(ユーザーあたり平均収益) | 顧客1人あたりの月次収益 | MRR ÷ 顧客数 | 顧客単価のトレンド分析 |
💡 ヒント: これらの指標は単独ではなく、組み合わせて総合的に評価することが重要です。例えば、MRRが成長していてもChurn Rateが高い場合、持続可能な成長ではない可能性があります。
まとめ
- MRRはサブスクリプションビジネスで毎月繰り返し得られる予測可能な収益を表す最重要指標
- New MRR、Expansion MRR、Contraction MRR、Churned MRRの4つに分類して管理することで、成長の内訳を把握できる
- Net MRR Growth = New MRR + Expansion MRR - Contraction MRR - Churned MRRでビジネスの真の成長率を測定する
- Net Revenue Retention(NRR)で既存顧客からの収益維持・拡大を評価し、持続可能な成長を実現する
- 一時的な収益を除外し、年次契約は月次換算するなど、正確な計上ルールを設けることが重要
- MRRの成長だけでなく、Churn Rate、LTV/CACレシオなど関連指標と組み合わせて総合的に評価する
まずは自社の現在のMRRを正確に計算し、New MRR、Expansion MRR、Contraction MRR、Churned MRRの4つに分類してみましょう。過去3〜6ヶ月のデータを振り返り、どの分類が伸びていて、どこに課題があるかを明確にすることから始めてください。
よくある質問
Q: MRRとARRの違いは何ですか?使い分けのポイントを教えてください。
A: MRRは月次経常収益、ARRは年次経常収益で、基本的にARR = MRR × 12の関係にあります。MRRは月次の細かい変化を追跡するのに適しており、日々の経営判断や早期の問題発見に有効です。一方、ARRは年間の大きなトレンドを把握するのに適しており、投資家への報告や長期的な事業計画に使われます。一般的に、ARRが100万ドル以下のスタートアップはMRRを重視し、ARRが大きくなるにつれてARRでの報告が増える傾向があります。
Q: Expansion MRRとは具体的にどのような収益ですか?
A: Expansion MRRは、既存顧客がプランをアップグレードしたり、追加機能を購入したり、ユーザー数を増やしたりすることで発生する月次経常収益の増加分です。例えば、月額3万円のスタンダードプランから月額5万円のプレミアムプランに変更した顧客がいれば、その差額2万円がExpansion MRRとなります。Expansion MRRが高いビジネスは、既存顧客からの収益拡大が成功しており、持続可能な成長モデルと評価されます。
Q: Net Revenue Retention(NRR)が100%を超えるとはどういう意味ですか?
A: NRRが100%を超えるということは、既存顧客からの収益だけでビジネスが成長していることを意味します。つまり、解約やダウングレードによる収益減少よりも、既存顧客のアップグレードや追加購入による収益増加の方が大きい状態です。例えば、NRRが120%であれば、新規顧客を一切獲得しなくても、既存顧客だけで年間20%の成長ができることになります。投資家は特にNRR 110%以上を優良なSaaSビジネスの指標として重視します。
Q: MRRを改善するための最も効果的な方法は何ですか?
A: MRRを改善する方法は、New MRRを増やす(新規顧客獲得)、Expansion MRRを増やす(既存顧客のアップセル・クロスセル)、Contraction MRRを減らす(ダウングレード防止)、Churned MRRを減らす(解約防止)の4つです。最も効果的なのは、既存顧客からのExpansion MRRを増やすことです。なぜなら、新規顧客獲得よりもコストが低く、すでに製品価値を理解している顧客に対してアップセルする方が成功率が高いからです。また、解約防止(Churn削減)も重要で、解約率を1%下げることは、新規顧客獲得で同等のMRRを得るよりもはるかに効率的です。
Q: 小規模なビジネスでもMRRを追跡すべきですか?
A: はい、サブスクリプションモデルを採用している限り、ビジネス規模に関わらずMRRを追跡すべきです。むしろ小規模な時期こそ、MRRの4つの分類を正確に把握し、どの施策が効果的かを早期に理解することが重要です。スプレッドシートで簡単に管理できるので、初期段階から習慣化しておくことで、成長に伴って自然とデータドリブンな経営ができるようになります。また、将来的に資金調達を検討する際、過去のMRRデータは投資家への強力なアピール材料となります。