旗を立てろ!新しい時代に求められる理想の経営者の条件とは
経営者の条件と言われて何を思い浮かべるかは時代によって人それぞれかもしれません。
日本能率協会のアンケート調査(http://www.jma.or.jp/news/release_detail.html?id=293)で「いままでの”理想の経営者”に求められる資質」と「これからの”理想の経営者”に求められる資質」を尋ねたものがありますが、今までの経営者に求められるとされた項目は、
- 1位 統率力
- 2位 本質を見抜く力
- 3位 強烈な意志
- 4位 人心掌握力
- 5位 胆力(覚悟・腹の括り方)
でした。
それに対して新しい時代の経営者に求められる資質は、
- 1位 イノベーションの気概
- 2位 変化への柔軟性
- 3位 本質を見抜く力
- 4位 ビジョンを掲げる力
- 5位 過去からの脱却
となっており、共通しているのは「本質を見抜く力」だけで、あとはすべて変化の激しい時代を生き抜くリーダーシップに関係することばかりでした。
日本能率協会のアンケートは大企業のトップマネジメント層に対するアンケートでしたので、この記事ではより現場に即した小規模精鋭組織を率いる経営者の条件について、「旗を立てられる力」をキーワードに変化の激しい時代を生き抜くリーダーシップを掘り下げます。
Contents
旗を立てられる力とは何か
旗を立てられる力とは
「旗を立てられる力」とは、既にできあがった組織を率いていくリーダーシップのことではありません。
確かに、過去の業績や市場動向を踏まえて5カ年計画などの中期的な目標を立てることは、一見すると目標という旗を掲げているように見えなくもありません。
しかしその目標はトップのビジョンから出て来たものではなく、過去の実績から積み上がったものでしかありません。
したがって、
- 市場を切り開くという気概には欠ける
- 過去の業績プラスアルファのノルマが現場の従業員に課せられる
- マネジメント層はビジョンを語ることなくノルマを達成するために現場の尻を叩くこと
がメインの役割になってしまいます。
現在の市場環境は過去の延長線上に見通せるような明確なものではありません。市場は常に流動的なので、過去から積み上げられた戦略などは市場に投入した瞬間に時代遅れになっている可能性のほうが高いのです。
しかしそうかといって、社長の思いつきで夢ばかり語っていても現実に利益を生み出すような結果は出て来ません。
先の見えない航海に必要な目印
夢しか語らない社長はビジョンを語っているのではなく、単に妄想をふくらませているに過ぎません。社員がこうした社長の妄想に付き合って会社を盛り立てていくということなど期待できるはずもないでしょう。
「旗を立てる」というのは、過去から積み上げられたノルマを提示するのでもなく、夢物語に社員を付き合わせることでもありません。
「旗」というのは先の見えない航海に必要な目印です。社長は自分だけまっさきに暗い航海を泳ぐための方向性を発見して、目標の無人島に遠くからやってくる社員たちのために「旗」を立てるわけです。
その旗は無謀な夢物語の目標物ではありません。社長が頭のなかで全責任をもって独力で航海を終わらせ、後に続く社員のために目印として立てたものです。
実現可能なビジョンについて身を持って示すこと、これこそ新時代に求められる経営者のリーダーシップなのです。
ビジョンという言葉を正しく理解しよう
南カリフオルニア大学教授バート・ナヌスは、ビジョンについて下記のように言いました。
- ビジョンは、人を魅了し、力を与える。
- ビジョンは、働く人に意義をもたらす。
- ビジョンは、超一流の規範を創り上げる。
- ビジョンは、現在と未来の架け橋になる。
ビジョンという言葉を正しく理解すれば、この言葉の本当の意味は分かるのですが「ビジョン」という言葉は単なる「目標」という言葉と混同しがちです。
ここでナヌスのいうビジョンとは後に続く社員のための目印としての「旗」と置き替えた方がよりしっくりくるでしょう。
「旗」は、人を魅了し、力を与える。
サッカーなどのスポーツで観客や選手を鼓舞する国旗を思い浮かべてください。あの旗をみて誰も過去の栄光を思い浮かべて気持ちよくなっているわけではありません。
また、具体的な戦術が旗に書いてあるわけでもありません。旗を振るべき人が振る(この場合自国民、会社の場合には社長)ことで「今月の売上目標」などの言葉以上の力を与えるのです。
「旗」は、働く人に意義をもたらす。
同時多発テロに対抗する米国の軍事報復行動に対して、先進各国の支援・協力体制が広がった時、米国は日本にお金を出すだけでなく「ショー・ザ・フラッグ(日の丸を見せろ)」と言いました。
旗は、責任感そのものを意味します。旗の下に働く人に覚悟を自覚させます。
「旗」は、超一流の規範を創り上げる。
目標に向かって一眼となる時に旗は統率の役割を果たします。部下と馴れ合いをせずに、強力なリーダーシップを発揮するためには、旗のもとの強固な鉄の団結が必要です。
「旗」は、現在と未来の架け橋になる。
過去にとらわれずに、未来を切り開くときに旗は、現在と未来のギャップを埋めてくれます。Appleの創業者ジョブズは有名なスタンフォードの卒業式のスピーチでこう言いました。
「繰り返す。先を見通して点をつなぐことはできない。振り返ってつなぐことしかできない。だから将来何らかの形で点がつながると信じなければならない。何かを信じなければならない。直感、運命、人生、カルマ、その他何でも。この手法が私を裏切ったことは一度もなく、私の人生に大きな違いをもたらした。」
神でない人間、神でない経営者には先を完璧に見通すことはできません。
しかし、自分を信じることによって社員に対して責任を持ち、将来何らかの形で現在の行動が点となってつながると信じることで「旗」を振ることができるのです。
前提となる過去にとらわれない発想力
「過去にとらわれないビジネス力」とは、市場に新しい商品やサービスを投入するセンスと行動力を意味します。「旗」を具体化するチカラだといえるでしょう。
- 「うちの社員は、新しいことを切り開いていく発想力に乏しい」
- 「うちの会社は、周りの空気ばかり気にしていて横並び意識にとらわれている」
などとぼやく社長に限って、過去の業績や業界のライバルの動向ばかりに気にしているという状況はないでしょうか?
発想力を高めるためには
発想力を高めるためにまずやることは、市場の顕在的ニーズにばかりとらわれることをやめて、消費者の持っている潜在的欲求に目を向けることです。
例えば、過去にとらわれてしまう一つの例として、あまりにも市場調査やマーケティングデータにこだわりすぎてしまう落とし穴があります。
再びジョブズの例を出すと、彼は「(消費者は)何を欲しいかなんて、それを見せられるまでわからない」と言っていました。また、「ベル(=グラハム・ベル:電話の発明者)が電話を作った時、市場調査をしたと思うかい?」とも言っています。
市場調査のデータは過去のデータです。参考にすることは必要ですが、そこから未来を導き出すことはできません。必要なのは、「過去にとらわれない発想力」なのです。
キャズムの理論
有名なキャズムの理論では、市場浸透のそれぞれの段階でのプレイヤーを下記のような割合としています。
- イノベーター(革新者・全体の2.5%)
- アーリーアダプター(初期採用者・同13.5%)
- アーリーマジョリティ(前期追随者・同34.0%)
- レイトマジョリティ(後期追随者・同34.0%)
- ラガード(遅滞者・同16.0%)
全体の7割弱を占める多数派は上記3と4になります。
これがいわゆる
- 「うちの社員は、新しいことを切り開いていく発想力に乏しい」
- 「うちの会社は、周りの空気ばかり気にしていて横並び意識にとらわれている」
と社長が嘆く層です。
一番遅れてやってくるラガードは保守的な大企業であっても、ビジネスのプレイヤーとしては遅過ぎでしょう。新しい時代に求められる経営者は、1のイノベーターか、少なくとも1と2のアーリーアダプターの中間くらいにいる必要がるでしょう。
2の追随者は大企業ならば資本力などで勝ち目がありますが、逆に言えば小規模精鋭の企業では大企業がライバルとなってしまうので、それ以前に旗を立てておく必要があります。
現状に満足しないイノベーション力
「現状に満足しないイノベーション力」とは、成功に安住せずに常に創造的なチャレンジをしていく力です。
消費者の潜在的意識に目を向けるようになれば、過去の業績や業界のライバルの動向ばかりに過度に気を取られてしまうことはなくなるでしょう。ここでは、さらにこの方向を具体化していく方向を探ります。
創造的破壊(イノベーション)の問題
過去にとらわれないといっても、過去を全否定してしまったり、今あるルールをすべて壊してしまってはそこに何も残りません。壊すのは簡単ですが、壊した後にどうやって新しい「旗」を立てればよいのでしょうか。
これは、経済学や経営学で盛んに議論されてきたことであり、「創造的破壊」(イノベーション)の問題です。
- 「創造的破壊」とは、言葉の矛盾ではないのか?
- 創造しながら破壊する、破壊しながら創造するなど無理なのではないのか?
普通はそう思ってしまします。
「創造」と「破壊」は確かに反対方向を無いたベクトルです。特に過去に優れた成功物語を持っている企業で破壊をしながら、新しい創造を行うことは至難の業と言えるでしょう。
事例:富士フィルム
例えば、富士フィルムでは2000年当時、写真フィルム製造販売で市場シェアの実に7割のシェアを誇り、営業利益の約3分の2を写真フィルム事業から稼ぎ出していました。
しかし怒涛のようなデジタル化の波が押し寄せて年率して20~30%のペースで需要が激減。稼ぎ頭というより富士フィルムの儲けそのものであった写真事業は10年後2011年の売上高に占める比率でなんと1%以下に落ち込んでしまったのでした。
常に、自らの先を行く業界の盟主名門イーストマン・コダックはこの頃廃業に追い込まれました。このとき富士フイルムホールディングスの古森重隆会長兼最高経営責任者(CEO)は生き残るために過去を捨てる覚悟で立て直しにあたりました。
フィルムとは関係のない
- 富士ゼロックスの完全子会社化による経営資源の投入
- 化粧品やサプリメントの予防分野
- 超音波診断装置や内視鏡などの診断分野
- 医薬品などの治療分野
というこれもフィルムと関係のない分野を積極開拓して「総合ヘルスケア企業」へかじを切ったことなどです。
この時に、写真事業に関わる部門の約5000人、間接部門、研究開発部門等の約5000人という大規模なリストラを敢行しています。
単に写真フィルム事業を壊して縮小、もしくは撤退するのではなく、それまで写真フィルム技術で培った技術力をまったく別の分野に応用したり、資本関係の合った関連会社を子会社化するなどして会社の収益基盤を確立したこの行動は、まさに「創造」しながら「破壊」するイノベーションそのものでした。
事業の縮小によって赤字を減らすというマイナス志向の改革は誰にでも発想できますが、ここまで大胆に新分野に切り込んでいく精神はまさに新しい時代の経営者の条件と言えるでしょう。
社員と群れない統率力を持とう
「旗」を立てるための具体的方法が明らかになってきましたが、今度は、この「旗」を社員と共有するために必須の心構え、リーダーシップを考えてみましょう。
残念ながら旗を立てた時に厳粛な気持ちになる社員ばかりでないのが、普通の会社です。先ほど旗の役割をバート・ナヌスの「ビジョン」を置き換えて説明しましたが、ダメ社員にとって「旗」は下記のように映ってしまうのです。
- 「旗」は、自分の居心地の良い所属意識を満足させてくれる
- 「旗」は、親方日の丸の安定志向を保証してくれる
- 「旗」は、同好会のワッペンやステッカーのような規範意識のない、ぬるい仲間意識の象徴である
- 「旗」は、決められたレールの先になんとなく立っている飾りである
どの集団でも2割の優秀な人間、6割の普通の人間、2割のダメ人間で構成されるという法則があります。
現実の集団では、微妙にこの割合に差があって、優秀な集団がダメ人間の集団を少しでも上回っていれば、中間層は優秀な層に引っ張られ、「旗」は上記「旗を立てられる力とは何か」で解説したような経営者の振る強力な武器となります。
しかし、ダメ人間のほうが少しでも多ければ、今度は逆に中間層がダメ社員に引っ張られ、「旗」は今解説したような堕落の象徴になってしまいます。
社員はドロボーだ!仲良しグループにならない
仲良しグループでは経営者と社員の意識が同じレベルになってしまうので、旗が持つ緊張感がなくなってしまうのです。そもそも経営者と社員は考えていることやメリットが大きく違います。
社員の頭の中は会社の利益とは関係ない90%近い考えが占めており、
- 休日に何をしようかな
- 早く会社の就業時間が終わらないかな
- お小遣いがあがらないかな
- お昼休みに何を食べようかな
などを考えている人間も確実にいます。これに対して経営者は会社のことを90%考えています。
当たり前といえば当たり前なのですが、経営者と社員は利害が一致していません。
経営者の中には「社員はドロボーだと思え」という信念を持っている人もいますが、あながちそれも間違いではないのです。
社員は、会社が儲かっても給与が上がらなければ喜びはしません。逆に赤字でも給与が上がればいいとさえ思っています。
ですので、こんな社員に対して
- 「うちの社員は、新しいことを切り開いていく発想力に乏しい」
- 「うちの会社は、周りの空気ばかり気にしていて横並び意識にとらわれている」
とぼやいていてもしかたがないのです。
社員まかせの企画は成功しない
また社員まかせの企画案では絶対成功しません。その理由は、社長が社員よりも優秀だということではなくて、社員には暗闇の中を一人で航海して「旗」を建てようとする覚悟がないからです。
社員は現状維持したいという気持ちが大きいので、わざわざいつもと違ったことをしたくない、と考えるのが普通です。
ですので、経営者自らが3年後5年後を想定して旗を立てることが必要で、社員と仲間意識など持たずにその「旗」を立てられる人が経営者の条件として必須なのです。
よく言う「仲良しグループでは経営管理ができない」とは、つまり「旗」を建てられるのはその覚悟、責任感から言って社長しかいない、という意味なのです。
変化の激しい時代にあってはとくに
- 「旗」をしっかりと見えるところに立てる
- しつこく社員を監視する
- チェックして目標達成させる
などの厳しさが経営者の条件となります。
本質を見抜く洞察力で長期的に社員を引っ張り続ける
経営者の条件の最後として「本質を見抜く洞察力」を解説します。
とはいえ、「本質」「洞察」ともに難しい言葉で、説明が抽象的になりがちなので、日本を代表する分野の違う2つの企業のトップの「本質を見抜く洞察力」を例に解説します。
クロネコヤマト 小倉昌男氏の本質を見抜く洞察力
クロネコヤマトの宅急便の創始者である小倉昌男氏の本質を見抜く洞察力は、小倉氏の『小倉昌男 経営学』には、宅配事業を思いついた時のエピソードがいきいきと語られています。
宅配の難しさについてはこう書いています。
「商業貨物の輸送は、たとえてみれば、一升枡のような大きな枡を持って工場に行き、豆を枡に一杯に盛り、枡ごと運ぶようなものである。一方、個人の宅配の荷物はというと、一面にぶちまけてある豆を、一粒一粒拾うことから仕事が始まる。」
『小倉昌男 経営学』P79
通常は、この認識を持った時点で個人の宅配などという非効率なビジネスに手を出そうとは思わないでしょう。事実、運送の専門家であればあるほどこの小倉氏と同じような認識を持ったので、それまで運送業者で個人の宅配をやろうとした人はだれもいなかったのです。
しかし出張でマンハッタンに行った時に、偶然4つ角に同じ会社の集配車が4台停まっていました。それを見た小倉氏は「宅急便システム」の困難は集配密度を上げることでエリア担当車両を増やし、各担当の受け持ち区域を狭く取ることで解決できる!とひらめきました。
いきなり全国を点でカバーするのではなく限られた地域を集中的に面で制覇することで、成功体験を作り、それを全国に展開したのです。
セブンイレブン 鈴木敏文氏の本質を見抜く洞察力
この小倉氏と同じ発想をまったく小倉氏と関係ないところで独自に発想したのがセブンイレブンの事実上の創業者である鈴木敏文氏です。
セブンイレブンでは店を出すときに一つの地域に集中して店を出すドミナント戦略を徹底します。狭い地域で配送の密度を上げ、小ロットで必要な商品を常に補充するという戦略で物流戦略を構築し、「特定の地域へ集中的に出店する」というドミナント戦略を貫き、小さな面を押さえながら全国へ店舗を地道に伸ばしていきました。
三大都市圏の一つである名古屋ですら、21世紀に入るまで出店がなかったほどです。
まったく別の分野で、ほぼ同時期に小倉氏は物流業界の常識を覆して個人宅配事業を生み出し、鈴木氏は米国本国のフランチャイズノウハウを無視して、のちに米国セブンイレブンの経営危機をも救うことになる日本独自のコンビニビジネスを生み出しました。
- クロネコヤマトの集配密度優先のロジスティクス
- セブンイレブンのドミナント戦略
上記は今に至るまで変らない「旗」として、日本全国そして世界のクロネコヤマト、セブンイレブンを引っ張り続けています。
本質を見抜く洞察力で長期的に社員を引っ張り続けるお手本のような、この企業に、これからの時代に旗を立てる経営者は見習うところが大きいといえるでしょう。
まとめ
以上、「旗を立てる」ということばをキーワードとして、新時代の経営者の求められる条件を考察してきました。
ただなんとなく旗を振ってリーダーシップを発揮するというだけでなく、「旗」に込められた責任感やビジョン、覚悟などを身につけることで、その「旗」の下に優秀な社員を集結させることができるのです。